「行幸会」一覧

長岡(松井)興長(1)

長岡(松井)興長は慶長16(1611)年、父康之の隠居に伴い家督を相続し、細川忠興に使えるようになった。元和6(1620)年に忠興が隠居した...

細川忠興その1

慶長4(1599)年、豊臣家の大老の筆頭であった徳川家康の推挙で丹後12万石に加え、豊後国杵築6万石が加増され、城代として重臣の松井康之・有...

大内盛見(もりはる)

足利義教(よしのり)は、遣明船復活を目指し、対外交易の要衝・博多を支配する盛見(もりはる)を重用した。よって応永11(1404)年豊前国守護...

行幸会鎌倉室町

鎌倉時代に9回、室町時代に9回、行幸会はおこなわれたようである。 大分県教育委員会 「歴史の道」調査報告書 「行幸会道」

伊豫より着岸

當地ハ應神筑紫御巡〇ノ時伊豫国御机濱ヨリ當所ニ御着岸ノ霊地ニシテ此所ヲ奈多ト各ツクルヤ 其我天皇伊豫国ヨリ御渡海シ給ヒシ