長岡(松井)興長(1)

長岡(松井)興長は慶長16(1611)年、父康之の隠居に伴い家督を相続し、細川忠興に使えるようになった。元和6(1620)年に忠興が隠居した後は、子の忠利に仕えた。細川忠興は豊前に入国してから弟の永勝院祐尊から八幡神や行幸会、放生会等の説明を受け、敬神の念を深めていた。そして伝統的、壮大な「行幸会」の復興を志し、元和元年(1615)に長岡興長・興道らにその準備と手はずを命じた。忠興が行幸会の執行を立願したのが元和元年11月16日であった。こうして元和2(1616)年、約150年ぶりに大規模な行幸会が執行されたのである。

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