大内盛見(もりはる)

足利義教(よしのり)は、遣明船復活を目指し、対外交易の要衝・博多を支配する盛見(もりはる)を重用した。よって応永11(1404)年豊前国守護に任命された。多大な財力と権力をもって宇佐宮の復興、保護することによって分国の民衆をまとめ、地域支配を安定させる政治的・宗教的狙いがあった。領国内の求心力の強化をはかった。
 室町時代、周防・長門・豊前等の守護大名である大内盛見(もりはる)は、約120年にわたって中絶していた「行幸会(ぎょうこうえ)」を再興し、宇佐宮の社殿修復も12年かけて1430年に完成させた。『応永造営日記」

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