応永6年(1399)室町幕府に対して応永の乱を起こした長兄の義弘が幕府軍と戦って敗死した。大内盛見(もりはる)は、応永8年(1401)
弟を滅ぼし、大内氏の家督を相続し、11代となった。。そして大内盛見(もりはる)応永11年(1404)豊前守護職となった。
室町時代、豊前、筑前等の守護大名となった大内盛見(もりはる)は応永30年(1423)に行幸会を再興した。
彼は、この祭を盛大に行うことで領民を教化し、領国内の結束と平和を図ろうとした。大内盛見(もりはる)は行幸会を再興し、
豊前地域の国人たちを挙げて、これを盛大に執り行ったのである。これにより領民を大内氏の支配に和順させ、国内の和睦を
目的とした。
